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東北行き [つれづれ]

GW、4/30より5/4まで
世田谷〜吹上高原〜仙台市〜宮古市〜八戸市〜花巻市〜世田谷
計1680kmの移動距離也。
初日
世田谷〜吹上高原
東北道はそれほど渋滞しておらず。
が、地震の影響での80km/h規制が続く。
交代で運転して、16時過ぎに鳴子温泉まで到着。が、雨が降り始め、キャンプ決行するか宿に泊まるかやってる間に雨弱まり、結局キャンプ決行。
fukiage_1.jpg
気温はそんなに低くないけど近くの山にはまだ雪が残る。
fukiage_2.jpg

2日目
吹上高原〜仙台市〜宮古市
かみさんの親類で、塩竈市に住んでいたご夫妻を訪ねる。
家は地震で全壊し、立て直す間、今は仙台楽天の球場近くの古い家を間借りしている。
手助けできればと行ってみたが、逆にカレーをごちそうになる。
食器も人数分しか持ち出せなかったそうだ。

地震のときは、立ってられず、柵に掴まって歩いていたと。
そうしている間に、みるみる地割れが広がっていったそうです。
娘さんも2階から揺れすぎてなかなか降りて来れなかったと。
すぐ近くに避難所の学校が有り、一週間ほど避難生活送ってから、仙台市に来たそうです。
話聞くことしかできませんでした。

仙台市内も道路に地割れ、がたつき有り。
崩落している建物も多い。

お別れして、宮古市田老の親類宅へ向かう。
到着は夜になった。
途中田老の街を過ぎる。
ヘッドライトは道路しか照らさない。
あり得ない場所につぶれた車があるのが視界の端に見える。
変な動悸がした。

グリーンピアの近く。
こちらは津波にもやられず無事だった。
今晩はこちらに泊めていただく。

明治、昭和8年の大津波の話を聞く。
とにかく高いところへ逃げろと。
今回田老でこんなに被害が出たのは、皆、逃げ遅れたからじゃねえかと。
昔からの話では、「沖で大きな音がして」とか「海がみるみる引いていって」その後にざーと津波が来たと。が、今回は、10mの防波堤を遥かに超す17mの津波が、まるで海があふれるかの様に静かにもり上がってやってきたからじゃねえかと。
鍬ヶ崎でも、地震が来てすぐ逃げた人は助かったと。
(正確な情報と違っていたらすいません。方言聞き間違えている可能性大)

3日目
宮古市田老〜鍬ヶ崎〜千徳〜田老

昼間の田老の町は、がれきと自衛隊と防波堤。
何年か前宿泊した民宿も、もうどこだったのか。
道路の海側は地ならしが進んでました。

かみさんのいとこ宅へ向かう。
話には聞いていたが、無い。
miyako_moto.jpg

遠い親戚で、津波にやられたおばさんの民宿も無い。
miyako_ryokan.jpg
miyako_fune.jpg

千徳の親類宅を訪ねる。
こちらは、ものが落ちた、後は停電断水ぐらいで済んだと言ってました。
「駅を境にこっちは天国、あっちは地獄」とも。
近所で、船を出すと言って港に行った親子は父子は戻ってこなかったと。

田老に戻る。
今は、弟さんご夫妻のアパートに身を寄せているという、かみさんのいとこと息子さん(中3)もやってきました。今夜はこちらにお泊まりです。
弟さんご夫妻も訪れ、大家族的な夕食になりました。
つぶれた自宅からかろうじて見つけてきたアルバム、写真、人形。
岩手日報の報道写真集。

鍬ヶ崎は津波は2mだったと。
で、2mだから大丈夫だと思っていたが、近所に救急車が来て、外に出てみたら、海が見えて、こりゃだめだと高台に避難したそうです。そうしたら、家の1階部分はやられ、2回目の津波で家の2階もやられたそうです。
民宿のおばさんも、1回目の津波の後、薬を取りに戻って、2回目のでやられたそうです。

4日目
宮古市〜45号〜八戸市〜花巻市田瀬湖のキャンプ場
朝食後、45号で八戸まで北上。
かみさんの実家へ。
途中、やはり何も無いところありました。

八戸、蕪島も駐車場はがたがたでしたが、意外と人でにぎわっていました。
ちょっと安心。

ご実家は高台だったので、無事。

お世話になったおばさん宅も、ものが落ちた程度で済んだようです。

駆け足で安否を確認し、八戸自動車道へ。
最初は吹上まで南下する予定でしたが、遅くなりすぎるということで、花巻で一泊することに。
で、花巻JCTから東和ICで降り、田瀬湖のほとりのキャンプ場へ。
フリーサイトが中止になっており、なんでかと思いきや、地面にひびが入って少し沈下。

チャッとテント張って、東和温泉に向かい、温泉つかって食事。
今日はさっさと寝ます。

最終日
田瀬湖〜花巻市〜世田谷
masyumaro.jpg
朝、炭火をおこし、パスタを食らう。
昼、花巻嘉司屋で人生初の椀子そばをいただく。
が、私35杯、かみさん20杯、こぞう13杯。
お会計の時値段を知り、もっと頑張りゃ良かったとも思うが、やはり無理。
おいしかったですけども。

さて、後は、眠気と疲れと戦いながら、東北道をひたすら南下、渋滞を避け、郡山JCTで常磐道から三郷、首都高へ。
磐越が一番でこぼこひどかった気がします。
22時頃、世田谷着到です。



















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コメント 2

登崎榮一

この時期にキャンプ旅行されたとは素晴らしいです。お子様にも忘れ難い経験になったことでしょう。
by 登崎榮一 (2011-05-06 13:01) 

nuki

東北ツアーでのキャンプは昔からやってまして、ただ、今回は特別でした。いろいろと。

by nuki (2011-05-11 01:24) 

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